備忘録

私の土台を築いた大好きな仕事のこと

こんにちは、ジュンです。

今回は、私の仕事について書いてみようと思います。
今の私の土台の核となり、大きな影響をもらった大好きな仕事です。

心のセラピストになりたいと思うようになったことにはいくつかの理由がありますが、仕事を通して感じたこともそのひとつです。

大好きな緩和ケアとの出会い

私の職業は看護師です。今は緩和ケアを専門にして多くの患者さんの相談に携わらせていただいています。

振り返ると新人のころ、研修で「患者さんの苦痛をできる限り取り除けるようなケアができる看護師になりたい」と言ったことを今でも覚えています。

きっと将来緩和ケアの仕事に携わりたいと最初に思ったのはこのときだと思います。

当時は『緩和ケア』という言葉も今ほど広く認知されていない時代。それよりも『ホスピス』という言葉の方が知られていたかもしれません。

どちらにせよ、がんの終末期、看取りの場、というような印象が強かった時代でした。

医療現場ではおそらく救命救急の方が、言葉は悪いかもしれませんが華やかな世界で人気のある現場だと感じています。

尊い命を助け、再び日常生活を送れるように治療・ケアができる。携わる医療者もやりがいのある現場ですから。

それでも私は病気による症状や心のつらさで苦しむ人の何かの助けになれたらいいなと思っていました。

私は日頃から、感じること、伝える言葉、場面で出す雰囲気など、人とはだいぶ違っていると感じています。

いつも私ってかなり場違いな存在だなというような感覚があって、人との違いを個性だとは思えず、私っておかしい、すごく変な人だと自分を認められずにいました。(今もそうです)

新人のときのこの言葉もそうでしたね 。
誰もこんなことを言う人は一人としていませんでした。

なぜ当時の私がそう思ったのかは忘れてしまいましたが、まだ看護師として歩み始めて数ヶ月のころです。これからいろいろなことをたくさん経験していく時期。

ただ漠然と緩和ケアの仕事に携わりたいと思っていたのでしょう。このときは本当に緩和ケアを専門として仕事をすることになるとは思ってもいませんでした。

緩和ケア専門家としての道のりはオーダー通り

数年もすると緩和ケアの重要性が広まることとなり、少しずつ専門のチームを立ち上げる病院が増えてきました。

私の勤めていた病院では全くそのような動きはなかったのですが、漠然と「私がそのチームのメンバーとなって、毎日がん患者さんのもとを回る日々を仕事としてできたらいいな」と思うようになりました。

私は緩和ケアの中でもがん疼痛を専門としているのですが、ちょうどその専門資格を取るための学校の試験があるという情報をキャッチしたんです。

私はかなり感度が低いと思っていますが、今思えばこのときのRASは優秀でしたね。
おかげで今があります。

半年間の研修を受けに行きたいと上司と相談していたときは、病院からは「職場を離れるなら退職してもらう」と言われていたのですが、なんと実際に職場を離れるときになると、ちょうど私の取りたい資格が診療報酬の加算対象となったため、出張扱いで研修に行けることになりました。

そして無事復職後、私がイメージしていた通り緩和ケアチームの専従となり毎日がん患者さんを訪ねて回る日々が実現したんです。

緩和ケアから心の世界へ

緩和ケアはがん患者さんと関わる仕事なので、私が感じる感情としても患者さんと同じく、無力感や困難感、つらい・苦しいなどのネガティブなものが多いです。

病気を治すことはできない、患者さんが感じている苦痛を取り除くことが難しい、できることに限界があるからです。

もちろん元気になられる方も多いのですが、私自身が長く関わることになる患者さんは進行・再発から看取りに向かう方が多いこともあると思います。

医療業界では緩和ケアは負けの医療と言われていた時期がありますが、私はそうは思いません。

死にゆく患者さんを前にしても、患者さんが最後まで生き抜くお手伝いをさせてもらえること、ご家族がご家族なりに後悔が少なく看取りができたと思ってもらえること。

これで良かったと思ってもらえることは、私にとって最大の喜びだからです。

なので私は決して患者さんの元を離れるということはしたことがありません。
どんな状況だろうが『患者さんとともにある』ということを大切にしてきました。

患者さんが何を望み、どうしたいのか

常に患者さんを中心に置き、ご家族・医療者と相談するという姿勢を守っています。
それは患者さんの人生に関わらせていただいている、その中心は患者さんだからです。

患者さんの希望を伺うときには「今自由に何の制限もないとしたらどうしたいですか?」と質問しています。

自由に自分の希望を伝えて欲しいからです。

それでも自分の気持ちを抑えて我慢する方が本当に多いんです。

どうしたらもっと気軽に自分の気持ちを表に出せるようになるんだろう。

仕事を通してその疑問が大きくなっていきました。

日本人は元々感情や意見・希望を他者に伝えること、表現することが苦手ですよね。

苦手どころか、たぶん自分の感情や希望を自分自身がわかってない、気づいてないのではないでしょうか。

日頃からそういうトレーニングをしていないと急にはできないよなと思ったんです。

自分の心を知る

そのことに興味・関心を持ちました。

多くの価値観や在り方を見続けてきたことでの学び

私はこれまでに数え切れないほどの患者さんと関わってきました。
ということは、それだけの人の人生を垣間見てきたんです。

多くの価値観、パートナーシップ、人生の終わり方など、言葉では言い表せないほどたくさんのものを。

そして私は
後悔したくない
人生が終わるとき「あ~満足だった」と思えるようになっていたい
私と関わる人たちも同じように自分の人生に後悔して欲しくない

そう思うようになりました。

私の経験や価値観では想像もつかない選択をする人もいる。
あり得ないパートナーシップを築いている人もいる。
どうしてそういう選択をするの?という人もいる。

多くの方と関わらせていただいたからこそ、想像もつかないような価値観や在り方に触れても驚かなくなりました。

人一倍、多くの選択肢に触れてきたと自負しています。

私が理想にしたいご夫婦もたくさんいました。
反対に反面教師になってくださった方もいました。

経済的に困窮しているという場面を取っても
ある人はまったく気にせず幸せである人
ある人は不安や悩みに押しつぶされそうになっている人

物事の捉え方、自分の在り方、どのような世界観にしているか、で正反対に変わるものなのだなと教えられました。

大好きな緩和ケアを手放す

これまではどうしたら緩和ケアの質をもっと上げられるか、同じ専門職がスキルアップできるのか、ということに視点を置き活動していました。

あるとき、ふと思ったんです。

「これは私の役割じゃないな」と。

そしたら急に、これまで大好きで手放したくなかった緩和ケアの仕事に対して、満足感というか十分やりきった感覚で満たされたんです。

「もう卒業していいんだ」

そう思えたら、手元に縛り付けていた大好きな仕事を手放したくなりました。

手放すから終わりではなく、これまでに私の経験としてたくさん積んできたものを、今度はセラピストとしてこれから出会う人に還元していきたいと思うようになりました。

活動の場が緩和ケアでなくても、私がしたいこと、できることは同じだなと感じています。

私と出会えて良かったと思ってもらえる人になる

これは今患者さんと関わる中でも意識していることです。
これから新しく出会う人たちにもそう思ってもらえるような私でいたいと思っています。

キラキラ輝いて見える他の方と違って地味にゆっくりとした歩みになるだろうと思いますが、私の魅力を引き出していくことが楽しみです。

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